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時化の合間のサンゴの庭園

サンゴ調査の報告書の締め切りも迫り、お尻にボーボー火が付いているものの、折からの寒波で北風が強く、「まあ、いつでも行けるから最後にしとこう」と軽く考えていた笠沙大当。
前述の気象で、全然、潜るチャンスが無いですよ。困りました。
毎日、天気図と、気象情報とにらめっこしつつ、何と、減圧症の後遺症で足の感覚がほとんどない僕は、風呂で足に直径5cmもある水膨れができて初めて、かなりな火傷をしてしまった事に気付くという出来事も重なって、陸からのエントリーが足に負担がかかるこの場所には、なかなか行けなかったのです・・。
それに、病院の先生は、「ダイビングなんかしちゃだめよ。」なんて言うのです。「ドライスーツだから、濡れませんし・・」「だーめ!」なかなか頑固な親父です。

足の感覚が無いというのは困りものです。以前、家中に血の足跡が付いていて、娘が驚いていて、何だろうと思っていたら、20mmの木ネジが足の裏に刺さっていて、血がダラダラと出ているではありませんか!
ドライバーでクルクル外すのも何ですから、電動ドリルで、ビュイーンと回して抜くと、ピューッと血がほとばしり出てきました。
病院に行くと、「こういう時は、抜かずに来てくださいね!」と看護師さんに叱られました・・。でも、ネジが刺さったままで行くのも気持ち悪いし恥ずかしいでしょ?

話しが逸れました。
そして、ついにその時が訪れました。昨日27日土曜日の午後だけ、天気も良く、風も波も落ちそうです。おまけに満潮時間も午後で、これはかなりエントリーも楽そうです。
そして、また、海案内最強ヘルパー、ミーコに頼んで、大当に連れて行ってもらいました。
午前中にしれっと、病院に行って火傷のガーゼ交換をしてもらい、先生が向こうに行った隙に、看護師さんに「思いっきり大きな防水シート貼って♡」としれっと頼み、いざ笠沙大当へ。

僕が学生の時は、ほんの小さな船揚げ場があるだけの港で、遠くに車を停めてえっちらおっちら歩いて行き、大変な思いをしながら、ここに通いました。
サンゴ群集が一面に広がる浅瀬を速攻で抜けて、はるかかなたの砂地を目指して泳いでいきました。だって、柏島で見つかったばかりのキツネメネジリンボウやヒレナガネジリンボウ、ホタテツノハゼspp.にミジンベニハゼspp.と胸躍るハゼの天国があるからです。
そのうちに、港がどんどん拡張されて、年配の定置網を引退された老漁師さんたちが小舟を数隻連ねただけの港がどんどん巨大化していきました・・。
そして今や、ドーンと広いガランとした巨大な港が出来上がり、車もエントリー口近くに停められるようになり、一躍ダイバーがたくさん訪れる場所となりました。
僕がまだ水族館に勤めていて、オープン前の魚集めが佳境に入った頃には、この大当の集落に民家を借りて、しばらく過ごしたこともありました。
その頃の風情は無くなってしまったなあ・・。小さな民家がぎゅうぎゅうと集まってできた集落の細道で、普及し始めた携帯電話で、妻が娘を身籠った事を知らされ、何だか分からないけれど、「俺、父ちゃんになるのか・・やっほーい!」と飛び上がったのも、この大当でした。

港に着くや、たくさんの車が。
土曜日だし、ひっさしぶりの凪の日だから、ダイバーが集まっていると思いきや、エギで、アオリイカを狙う釣り人達でした・・。
午前中はやはり時化ていたようで、隣の車のお兄さんが、デカいヒラスズキが2本ドーンと入ったクーラーボックスを自慢気に見せてくれました。
ヒラスズキは、地磯にいるとっても神経質な魚。時化で、陸上が良く見えない時によく釣れます。
波が無くなったから、仕方なくイカ釣りだよーと嘆いてらっしゃいましたが、こちらとしてはなんてラッキー、この寒波の中、ピーカン、べた凪、海は貸し切りですよ・・。気分が上がります。

可愛い顔してめっちゃ力持ちのミーコが、車からどんどん機材をビーチに運んでくれます。助かります。ありがとう・・。なんだか大名ダイビングです。
僕は杖を突きつつ、エントリー口の岩場をよろよろ降りて行きました。海用にヤフオクで買った980円の松葉杖です。高い高いロフストランド杖は錆びたら困るので、車にお留守番です。
ビーチエントリーはまだまだダメですね。本当に大変です・・。ようやく海に漬かります。・・温かい!
13℃の長島→16℃の錦江湾→18℃の大当。薄いインナーでも楽勝です。
・・しかし、ここで問題発生・・。6年間倉庫に眠っていて、ろくに整備していなかったドライスーツのインレットボタンが戻りません。人には整備整備と言うくせに、自分のはほったらかし・・。困ったものです。じわじわとエアが入ってきて、浮かんでしまいます。浮き始めたらエアをエグゾーストバルブから抜き、また浮き始めたら・・。呼吸するのは僕だけでなく、ドライスーツも呼吸しています・・・。

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エントリー口側の砂地。綺麗な白砂に午後の日差しが躍ります。綺麗なあ・・。時化の合間ですから、透明度は期待していなかったのですが、なかなか良いですよ!
大きなハコフグの仲間、ウミスズメが、こちらをちらちら眺めながら僕の前を泳いで行きます。ウミスズメってこんなに綺麗だったっけ?透けるような硬い外殻から突き出した鰭が細やかに動いて、僕の眼の前を移動していきます。自由自在に・・。美しいなあ・・。
そのうち、一匹のカワハギも加わって、2匹に先導されるように沖に出て行きます。岩の隙間に、大きなコウワンテグリが・・。目が合うと恥ずかしそうに、岩陰に胸鰭をはためかせて滑り込んでしまいました。いやあ、いいなあ笠沙。闘病中も(まあ今もですが)夏は家族でよくシュノーケリングに来ていましたが、やっぱりスキューバで魚目線でずーっと観察しながら潜るのって楽しいなあ・・。
・・おっと、今日はサンゴ調査でした!しっかりサンゴを見て来ないと、おかみに怒られてしまいます・・。頑張らなくっちゃ。


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笠沙と言えば、この堂々たるシコロサンゴの大群集です。なかなかの規模です。
眺めていると、錦江湾の桜島南岸の素晴らしいシコロサンゴ群集の健全だったころの姿が脳裏に浮かびます。オニヒトデの駆除をしてやれたら守れたかもしれないのに・・。とても悲しい思いになりました。
でも、ここ笠沙大当のサンゴ群集もいつまでも安全という訳にはいきません。鹿児島本土南西端の坊津から発生しだしたオニヒトデが、サンゴを食べ尽くしながら、北上して来ているからです。少なくとも沖秋目島の南側までは、オニヒトデが食い尽くして、サンゴが殆ど消えてしまいました。予断を許さないところです。
もし、沖秋目島を越え、野間岬をまわってオニヒトデが現れ始めたら、鹿児島のダイバーは一丸となって、この笠沙の美しいサンゴ群集を守らなければならないと強く思います。
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そして、もう一つの大当で目立つのは、スギノキミドリイシ群集です。密に詰まったサンゴの間には、事故直後くらいに名前がついたばかりのマダライシモチが覗いています。そのままスーッとバックしてサンゴの陰に消えていきます。
そして、たくさんの種類のチョウチョウウオの幼魚たち。昔は「死滅回遊魚」なんて言っていたものでしたが、今や元気いっぱいにサンゴの枝のまわりをポリプをつつきながら泳いでいます。クギベラの立派なオスや、大きなカンムリベラ、イトヒキベラも今や本家イトヒキベラよりも、より南方系のクロヘリイトヒキベラが優占しています。何だか南の海に潜っているような気分になってきました・・・。おーっとサンゴ調査でした・・。

このスギノキミドリイシや、先のシコロサンゴ。昔は必ずしも、この2種が飛び抜けて海底を埋め尽くすように広がっていたわけではないのです。
もっとたくさんの種類のサンゴたちが、白い砂地の所々にあるゴロタ石の上を分け合うように暮らしていました。そしてあちこちに巨大なオオスリバチサンゴの群体が聳え立っていたのです。それが今や、他のサンゴたちをも足場にして、スギノキミドリイシとシコロサンゴが優占種となってしまったのです。
サンゴたちにも闘いがあるのです。よりたくさんの日光を浴びるために、上へ上へ、横へ横へと太陽の光を求めて広がっていきます。
これは、陸上の森を見ているのと同じようなものです。

そして、スギノキミドリイシは、その早い成長速度で他の種を圧倒してきました。他のサンゴの上へと枝を伸ばして。
でも、サンゴとしては弱く、他のサンゴに食べられてしまう事も多いのですが、それでも圧倒的に早い成長で、他のサンゴたちの光を奪い、その被度を上げていきました。

シコロサンゴは、その強い刺胞で、スイーパー触手と呼ばれる触手を伸ばして、周りのサンゴたちを殺し、食べて、その勢力を伸ばしてきたのです。

ですから、今度、笠沙の海に潜る機会があったなら、この2種類のサンゴの付いている基底部を覗き込んでみて下さい。多くの種類のサンゴの骨格が彼らの土台となっているのが分かるはずです。この2種類のサンゴたちは勝ち組で、負け組のサンゴたちを足場にしてこんなにも大きな群集を作り上げてきました。
多様性に富んだ元のサンゴ群集を、この2種類のサンゴが増える事で単純化していっているのです。

場所によっては、この2種が激しくせめぎあっている所もあります。
年によって、今年はスギノキの勝ちだなと思う年もありますし、今年はシコロサンゴの勝ちだなと思う年もあります。この要因については分かりません。

ただ、あちこちに潜って思うのは、近くに魚の養殖場があるところにはシコロサンゴの大規模な群集が見られることです。流れてくる養殖の残餌をシコロサンゴは食べて、その活力にしているのかもしれません。
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こんな光景も目にしました。まるで、コブハマサンゴが、バーベルを持ち上げるように、シコロサンゴを持ち上げているように見えて、なんだか笑ってしまったのですが、コブハマサンゴにとっては、たまったものではありません。コブハマサンゴ群体の一部に死んだ場所があれば、そこにシコロサンゴの幼体が定着し、そして、コブハマサンゴを足場にして、今や覆いつくそうとしているところです。
コブハマサンゴの群体の上部をすでに覆っていっています。日陰になった部分のコブハマサンゴのポリプは殆ど死んでしまっていました。そして、ストロボを使って撮影していないので分かりにくいのですが、シコロサンゴの周囲、帯状にコブハマサンゴが死んでいるのが分かります。これは、さきに書いたように、シコロサンゴがスイーパー触手を伸ばして、コブハマサンゴの軟体部を食べてしまった跡です。そして、そこはまたシコロサンゴの足場となり、触手の届く限りの部分のコブハマサンゴは殺されてしまい、もうあと2年もすれば、このコブハマサンゴは、シコロサンゴに覆いつくされて見えなくなってしまうでしょう。
このようにして、シコロサンゴ群集は広がっていったのです。
コブハマサンゴは、小さなポリプが密に詰まった群体を作るサンゴです。その成長は非常に遅い事が分かっています。
シコロサンゴも、一見丸い塊の塊状のサンゴに見えますが、それは違います。シコロサンゴは板状サンゴなのです。群体を上から見ると板が組み合わさってできたような、隙間だらけのサンゴです。ポリプも非常に大きく、成長も早いです。このようにして、コブハマサンゴはじめ、成長の遅いサンゴは駆逐されていくのです。

それから、シコロサンゴの隙間だらけの構造は、土砂や火山灰の流入に非常に強いのも特徴です。
縦に広がった板状の群体には、土砂が積もりにくくなっています。隙間をすり抜けて、下へ落ちてしまうのです。しかし、コブハマサンゴや、かつてここにたくさんあったオオスリバチサンゴのようなサンゴは、土砂がかぶると粘液を出して泥の粒を体から浮かせ、潮の流れ、波の動きに頼って下に落とすしかありません。
そして、粘液を出すことは、サンゴの体力を奪います。1回程度の大雨なら耐えられても、近くで港の埋め立て工事などなどされてはたまったものではありません。
粘液を出し続け、弱ったサンゴの上には土砂が容赦なく積もっていきます。ましてや名前のごとくにすり鉢のような形をしたオオスリバチサンゴは、港の拡張工事が進むにつれて、死に絶えていったのです。そして、その骨格は、シコロサンゴや、スギノキミドリイシの成長する土台となっていったのです。

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しかし、この寒波の大時化は、いかに強いシコロサンゴといっても、無事には済まされなかったようです。何せ、ここは、砂地にゴロタが転がったような海底です。大きな波でこのように、ひっくり返ってしまったシコロサンゴをたくさん見かけました。特に群集の周辺部でこのような被害が多かったようです。下部の(元は先端部の)ポリプはまだ生きているようでしたから、そう日は経っていないのでしょう。しかし彼らは逞しいのです。ひっくり返ってしまえば、ひっくり返ったままの状態から、自分の群体の体を土台として、逆さまに太陽を目指して成長を始めるのです。しかも、露出した基部の部分は、もう日も当たらず、ポリプは死んでいます。元着生していた転石も近くにあります。数年としないうちに彼らの群集は、元の姿以上に勢いを増す事でしょう。

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そして、このように、まるで崩れたスレートの壁のようにも見えますが、板状の外側の部分が剥ぎ取られて、海底のあちこちに折れて散らばっているシコロサンゴも多く見かけました。大きなうねりが剥ぎ取っていったものでしょう。
中には死んでしまうものもいますが、これが基礎となり、ここからまたシコロサンゴの群体が起き上がって来ることもあるのです。
ちょうど、サンゴの移植といって、サンゴの枝を岩に差していくように、欠片となったシコロサンゴは、そこからまた成長を始めるのです。
この強さが、大当の海底の覇者となった所以なのです。

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サンゴの海底の一部にこんな変わった景色が1箇所見られます。元は2箇所でした。
転石が、まるで積み上げられたようにこんもりと小山を作っています。いったいこれは何なのでしょう?

実はこれは、1990年代初めに、大当の港の、初めの大きな堤防が作られた時に、堤防の基礎にする石を、工事の台船が捨てて行ったものなのです。
一面に広がった、繊細なテーブル状ミドリイシ類の群集の上に突然投げ込まれた大量の石に、当時の僕や仲間のダイバーたちは、怒りに震えたものです。
役所に写真を持って行っても取り合ってくれませんでした。
海面の下の事ですから、見ないですませばそれでいい。見えないのだからそれでいい。しまいには、見なかったことにしておいてくれとも言われました。
この石の下には、貴重で珍しいサンゴもたくさん暮らしていたのです。本当に悲しい出来事でした。
それからもう30年。1つの低い方の小山は、シコロサンゴに覆いつくされてしまいました。そしてあと1つの大きな方の山もてっぺんだけが覗くのみとなりました。
浅くなっているので波の影響は強く、下は転石ですから、頑強な底質とはいえません。
だから今でも覆いつくされないのでしょう。
でも、あと直径10m程を残すのみです。シコロサンゴの群集が、四方から広がってきて、この屈辱の小山を隠そうとしています。
そうなれば、この光景を目にし、当時を思い出して悲しい思いをすることもなくなるのかもしれません・・。複雑な心境です。

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スギノキミドリイシの未来は、明るい物ばかりでは無さそうです。群集の所々に、枝が白くなったところが点々とあります。
これは、オニヒトデと並んで、サンゴの大きな脅威となる、サンゴを食べる巻貝、ヒメシロレイシガイダマシです。
坊津の馬込浜の美しい、ミドリイシ類の大群集は、この貝が食べつくしてしまいました。
大当のスギノキミドリイシの群集もあちこち、全て斃死して、がれ場のようになった場所があります。
一部は、港を工事するための重機を入れるために、海岸近くの崖を削って道を作り、土砂が流れ込んだことが原因です。
そして、一部はこの貝が食べつくしてしまったものです。

ヒメシロレイシガイダマシは、大発生しない時は、サンゴの枝にくっついて、サンゴを少しずつ食べる小さな貝です。
食べられた部分は、貝が去った後、サンゴが自分で修復します。
ところが、どういう理由なのか、突然に大発生し、サンゴを食べつくしてしまうのです。1つの貝が食べるサンゴの量はわずかですが、大量発生するともう手に負えません。取除こうとしてもコロコロと転がり落ちて、とても全部拾う事なんてできません。
ある意味では、オニヒトデよりも駆除しにくい生物かもしれません。
和歌山県の串本や、高知県南部なども、この貝に徹底的にやられた場所です。
あちこちで、この写真のように集団になってサンゴを食べて居るのが見られました。美しいスギノキミドリイシ群集の未来には不断の注意が必要です。

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少し深い場所に行ってみると(といっても10mそこそこですが)、景観はガラッと変わります。
大量の光を必要とする、スギノキミドリイシや、シコロサンゴは殆どいなくなり、変わって、多くの種類のサンゴが少しずつ暮らしています。
こんな場所は帯状に広く広がっています。浅い海底から斜面となって深場へと落ち込んでいく境目あたりです。

僕はこの辺りの光景が大好きです。
波当たりも弱いので、繊細なサンゴが枝を伸ばしています。ここでは、転石の間にクロマツミドリイシが小さな群集を作っています。
枝の間には、ミカドチョウチョウウオとヒレナガハギの幼魚が可憐な姿を見せてくれます。・・可愛いなあー。

さてちょっと、調べることは調べたし、深場の砂地でヒレナガネジリンボウにでも会いに行こうかな・・・と思っていると、何やらエアが渋くなってきたではありませんか。えー?残圧0じゃんか。
機材をセットして運んでくれたミーコを呼んで、タンクバルブ、ちゃんと開いてる??とサイン。・・開いてますよ・・。

むむむ。このドライスーツにやられたなー。
オクトパスを差し出すミーコに、浅いからシュノーケリングで帰るよ。とサインして、浮上しかかったのですが・・・。せっかくのこの美しい海底にいないのなんて勿体ないじゃんよ!と考え直して、有難くエアを頂戴することに・・。
ミーコの残圧は110以上。浅いとはいえ、小さいタンクであちこち動き回って、1時間近く潜っていたのに、さすがですな。

ふと見ると、ニラミギンポの若い雄が・・。可愛いなあー。
マスクの目の前まで近づいてじっくりご挨拶。
彼は、何かデカいのが来たぞ・・と緊張して、黒い身体に細い縞模様を出して、少々ビビり気味・・。名前の由来になった目の下の斜めのラインがくっきりと浮かび上がります。
昔、アホな若者だった僕や仲間たちは、ニラミギンポがこんなにたくさんいるのに、フタイロカエルウオだと思っていたのでした・・・。
そして、ある日、ダイビング雑誌に、伊豆大島の大沼さんが撮影された、こやつの写真がドーンと1ページに載り、日本初記録のニラミギンポって出ていて、ありゃ!こいつじゃねーか。ここらにたくさんいるヤツは!と目から鱗が落ちたのでした・・。
大沼さん、写真で見て勝手に怖い人と思っていたら、実際に会ったら、本当に優しい方で・・。初めて伊豆大島に遠征した時、柳場さん、大沼さんというレジェンドに囲まれて、小雨降りしきる秋の浜の堤防の上で、3人で魚の話しをしていて、ああ、こんな大人になりたいと思ったものです・・。
大沼さんには、減圧症からの復帰ダイビングの事でも大変お世話になり、本当に感謝しております。
・・ニラミギンポを見ているだけで、優しいお二人の顔が思い浮かびます。

「こいつらデカいくせに何もできねえな!」とふんだ、ニラミギンポ君は、ちょっと調子に乗って、立ち上がって身体をくねらせる威嚇のダンスをしています。
身体の色も真っ黒にして。
で、ちょっと意地悪して、目の前まで再接近。すると、ごめんなさーいとばかり、するするとシコロサンゴの一間に逃げ込んで、また縞模様に・・。
魚って、絶対感情ありますよね!魚みたいな目をしやがって!なんて、な~んて生き生きとしたいい目をしてるんだって意味ですよね?


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最後は、いつも上がる前に挨拶に行く、直径2mもあるサオトメシコロサンゴの群体のところへ。
同じシコロサンゴといえ、繊細なつくりが素敵です。こんなに大きな群体は、そうそうあるものではないですよ。
しかし、このサンゴ、30年前から大きさ変わってないんですよね。そりゃちょっとは大きくなっているとは思いますけど。
同じシコロサンゴのなかまでも、ずいぶん成長の仕方も違うのですね・・。
作りが小さく、板状の群体の間口が狭いので、低いところにある小さな群体の隙間には、ぎっしり、砂や小石が詰まっていました。生きていけるのでしょうか・・。

今の若者がこのサンゴを見て、そして30年後にまた見て、ちっとも大きさ変わらねえなあ。と、思ってくれたら素敵ですね。
サンゴを見る時は、時間のスケールが違う生き物と向き合っているっていつも思います。
あと30年経ったら、もう僕、アラエイティーです。それでも、海の環境さえ良ければ、このサオトメシコロサンゴは、ここに立ち続けているのでしょう。
その30年後も、そのまた30年後も・・・。

むむむ。何やら、エアが渋くなってきたぞ・・。
あらら、ミーコのタンクも空にしちゃったよ。ごめんよー。

なんか、楽しかったなあ。

ああ、潜りたい・・。もっともっと、ずっとずっと、海の中にいたいです。



by geikai_diver | 2018-01-29 04:17 | 坊津

錦江湾! リミット1段切り替え!

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20日土曜日、長島でひどい目に合いながらも、とっても楽しく潜った次の日、いよいよ、ナイトロックスを準備して、錦江湾に行ってまいりました。

復帰後、これまでのダイビングは、最大水深10mほどの浅場をゆっくり潜り、問題ない事も十分わかってきたので、いよいよリミットを徐々に上げて潜ることにしました。

この日は、海案内のお客様でしたら一度は会ったことがあると思う海案内非常勤サポートダイバー、ミーコに助けを借りてのダイビングです。ミーコとは、実に8年ぶりのダイビングです。
今は鹿児島大学水産学部で働いているのですが、事故当時はJICAでケニアに行っており、帰国後も僕が病床にあり一緒に潜る事は出来ずじまいでした。
昨年再びJICAの仕事でカリブ海の島国セントルシアに旅立ち、1年を経てつい先日帰国したので、彼女に助けを借りて潜ることにしました。
彼女には長く、ダイビングのアシスタントをしてもらっていたので、全幅の信頼がおけます。
彼女のサポートで、いよいよ錦江湾の深淵を覗きに行ってきました。

深淵を覗くと言っても、水深のリミットは、16m。文字通り、深淵を「覗きに」行くだけですよ(笑)

行ったのは、桜島の南に浮かぶ沖小島のとあるポイント。
午後からのダイビングとはいえ、ボートから覗き込んでも、海底が綺麗に見える、素晴らしい透明度です。

エントリーしてアンカーをチェックした後、ゆっくりと浅い砂地をいくつかの根を巡りながら、3の根を目指します。
熱帯のセントルシアから帰国したばかりのミーコは、「寒いーー!」のシグナルを送ってきましたが、昨日ひどい目にあった後の僕は「あったかーーい!」でしたよ。
水温は16℃程で、長島と比べるととても温かいです。

砂地には、無数のダテハゼ、そしてたっくさん!のネジリンボウたち。
ネジリンボウたちは、水温の低いこの時期は、なかなか神経質で近寄らせてくれませんが、ゆっくり側に寄って眺めていると全身を見せてくれます。

そして、目指す3の根へ。以前は、かご漁のロープで痛めつけられていた浅い方にあるオドリカラマツが、やけに生き生きとしています。
いつもここでかご漁をされていた老漁師さん夫妻は、もうここでの漁をやめられたのでしょうか・・。
根元の太さは直径15cm強、枝ぶりも高さ1.5m、幅1.8m程もあります。
枝の間にはクダゴンベにサラサゴンべ、ミナミゴンべのゴンべシリーズに、無数のクロホシイシモチの幼魚とスカシテンジクダイ。
ゴンべたちの背鰭の棘の先のぼんぼりが可愛いなあー。

以前は3の根の沖側のドロップオフをじっくりと潜っていましたが、今回はリミット16m。
3の根の上をゆっくりと移動します。
長大なムチカラマツが無数に着生する中、アカオビハナダイの大群があちこちにいます。なんて懐かしい、目にしたくて堪らなかった景色でしょう・・。
指でシグナルを送ると、たくさんのコガネスズメダイたちが「何?何?何?」って感じにわらわらっと全員集合! 可愛いなあー。

3の根の先端部からは、はるか下へのドロップオフです。
水深16mをキープしたまま、根から離れて沖へ出ます。透明度抜群の錦江湾は、たまりませんね!
5の根の先端から伸びる、水深65~70mの根がぼんやりと見えます。ムチカラマツの黄色が映えて、目印になります。
またいつか、あそこへ行きたいなあ・・。頭の中にその場所の光景が思い浮かびます。・・いやいや、焦ってはいけません。いずれまた行ける日が来るでしょう。

夏には、巨大なクロトガリザメや、クロヘリメジロザメ、スミツキザメ、ウシエイ等が見られるのですが、こんなに透明度の良い時期に会えないのは残念です。
沖に目をやると、紺色の壁のように厚い水の層が立ちはだかっているように見えます。遥かかなたまで見えているのに、比較対象物が無いから壁のように見えてしまうのですね・・。

しばらく、浮遊感を味わった後、ムチカラマツが途方もなく茂っている4の根の上空?へ。
そして、残念ですが、浅場へと移動です。

そうそう。今日は忘れずに持ってきたカメラ。中のストロボが開いていないサンゴ調査仕様のままで潜ってしまい、ストロボが使えません・・。
モードセレクトキャップもカメラに付いていなくて、ストロボも開けられません。
仕方なく自然光撮影です。暗い錦江湾ですが、透明度の良さにギリギリ救われて何とか撮影できました。

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4の根の浅場側のムチカラマツ林に群れる、無数のクロホシイシモチとコスジイシモチの幼魚たち。
指で信号を送ると、わーっと群れ集まって来ます。可愛いなあー。

そろそろタイムリミットです。潮が動き始めました。
ここのムチカラマツがこんなに群生している理由・・。それは、彼らの餌を運んでくる激しい潮流なのです。
ダイビングガイド時代、「錦江湾は流れが無くて良いですね。」とよく言われたものです。でも、それは、潮が止まっている、あるいは流れの弱い時間を狙って潜っていたからですよ・・。
ここの潮流は流れ出すと半端がありません。20年以上前、ボートを手に入れて錦江湾のあちこちに楽しい場所を探して潜っている時には、あまりの潮流に動けなくなって、エアにも限りがありますから、ハウジングを2台、ムチカラマツにごめんなさいと謝りながら結び付けて、身一つで、砂にナイフを刺しながら、岸へ戻った事もあるのです。岸へですよ。ボートではありません。潮に流されないように移動しても、どうしても少しは流されます。そして沖小島は名前の通り、小さな島です。本当にギリギリセーフ。これ以上流されたら、島を通り過ぎて、海底は深くなり、もうボートに戻るのは不可能な状況でした。岸辺の浅瀬の流れの緩やかな場所を通って、ボートのはるか上流まで移動し、エイヤっとボートにたどり着いた時には、エアも無くなり、危ないところでした。1kgのウエイトを2mの細いロープに結んで舷から下げると、流れの抵抗でウエイトが水面近くまで浮き上がるという、凄い潮が流れるのです。潮止まりを待って、タンクを換えてハウジングを回収し、港に戻った時には夜になっていました・・。

そよそよと流れ出す潮の中、ボートに向かって、所々にある小さな根をたどりながら、浅い砂地を移動します。
根には、明るいグレーの色彩をした昨年生まれたヨコスジイシモチの幼魚たちが小さな群れを作っています。可愛いなあー。
ボロカサゴに期待したのですが、会えなかったですね。またそのうち会えるでしょう。

ボートの下に戻るころには、太陽もすっかり夕日となっていました。
浅瀬の多種多様なサンゴを見たり、岩穴の奥で、ゴンズイのクリーニングの順番待ちをする長介唇のオオモンハタを眺めたり・・。

流れも速くなり、風も出てきたようで、ボートが揺れています。
そろそろ上がり時です。

16mリミットのダイビングは無事終了しました。5日経った今も何も体調に変化なく、絶好調です。身体もどんどんダイビングに順応して来ています。

ミーコ、ありがとう。熱帯帰りなのに、寒い中長々と付き合ってくれて。・・でも、またアシストしてね。

北西の風にまともに向かって走るボートの上は、めちゃくちゃ寒かったですねー。だけど心はポカポカ温かく・・。

錦江湾、サイコー❗❗

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by geikai_diver | 2018-01-24 01:36 | 錦江湾

鹿児島大学水産学部付属水産実験所

鹿児島大学理学部の先生U君、卒論生F川さんのお手伝い?にかこつけて、かごしま水族館のN田さんがコーディネイトして下さった事もあって、久しぶりに、鹿児島本土海岸の北端部にある、鹿児島大学水産学部付属水産実験所に行ってきました。
今は「長島ステーション」というおしゃれ?な名称になっていますが、僕にとっては「鹿児島大学水産学部付属水産実験所」の方が体に沁み込んで、思い入れもあり、しっくりきますね。
なにせ、大学4年生の1年、院生の4年の約半分は、ここに同じ魚類の行動生態学を志す仲間たちと寝泊まりしながら、潜りに潜りに、潜り倒して、魚のお尻を追いかけていたわけですから・・。

もう前日から、気分は絶頂!楽しみで楽しみで、遠足前の小学生のように、夜もなかなか眠れませんでしたね。
しかーし、ちょっと舞い上がり過ぎたのか、やらかしてしまいましたね・・。
車で2時間半ほど走ったコンビニで、たくさんの忘れ物に気が付きました。

カメラ・・・。過去2万回近いダイビングの中で、カメラを持って行こうと思って準備して、海に持って行くのを忘れるなんて、初めてですよ。ガーン!

シェルドライのインナー・・・。シェルドライなんて、そもそもそれ自体に保温性なんてありませんから。専用のインナーが無いという事は、普段着に、水の入らないウインドブレーカーだけ上に着て潜るようなものですよ。それも、向かうは、鹿児島最寒の海、鹿大実験所前ですから、水温なんてせいぜい13℃ですよ。ガーーン!

フード・・・。せっかく新調したフードも、カメラのカゴに入れて置いてきてしまいましたねー。でも、学生さんがフードを持っていないんじゃないかと、各サイズのフードをたっくさん持ってきています(こういうのは忘れない)。僕がかぶれそうなフードは・・ありました!これはなんとかセーフです。

・・・。重度のⅡ型減圧症には色々な後遺症が出ます。僕の場合は、下半身の激痛。火鉢に足を突っ込んだような激痛が24時間途切れなく続きます。ですから、鹿大病院麻酔科から処方された強力な痛み止めの薬を、食後に大量に飲まなければなりません。それを飲まなければ、それこそ地獄の苦しみが待っています・・。ガーーーン!
・・これはやばいです。さすがに、同行した妻の顔色が変っています。今すぐ取りに帰ると言いますが、ここは家から2時間半も離れています。今から往復5時間かかったら、夕方になってしまいます。ここは、13℃の冷たい水と、インナーなしのシェルドライが心地よく冷やしてくれることを期待しましょう。

いやはや、困ったもんだ。いや、ほんまにえらいこっちゃ!

実験所に付くと、技官さんのK堂さんと、O上さんが温かく迎えてくださいました。
僕の事故のこと、後遺症が酷い事を人づてに聞かれていたようで、とても心配してくださっていたようです。本当に喜んでくださいました。
学生時代には、鬼のように怖かった、やくざ映画の主人公のような趣だったK堂さんも、すっかり白髪となり、優しい満面の笑みで僕のダイビング復帰を喜んでくださいました。
若い方の技官さんO上さんは、僕が院生の時に新任で、実験所に来られた技官さんです。あの頃は、クルマやバイクをいかにして速く走らせるかという話しで盛り上がったものですが、今は、子供の教育費がお互いの悩みとして、共通の話題となりました・・。

さて、いよいよ、待ちに待った、実験所前の海です。
宿泊施設の布団から出て40歩歩けば、浮き桟橋。そこからエントリーすると、鹿児島ではとても貴重な「温帯の海」が広がっているのです。
僕はなんて、恵まれた環境でダイビング・・いや、研究をしてきたのでしょう。
若き日には分からなかった、今になってわかる素晴らしい環境で勉強させてもらっていたんだなという気持ちがこみ上げてきます。

浮き桟橋に渡る橋のたもとに車を停めてダイビングの準備です。
妻の着替えの服等、着れるものはこの際なんでもむりやり着ます。
そんな事をするうちに、いつの間にか、水族館のN田さんが、僕と妻の機材を、全部浮き桟橋に運んでくださいました。
まだまだ杖をつかないといけないし、力も無くて重い物はまだ運べません。本当にありがたい事です。

機材を身に着け、最初に僕がエントリー。
妻が不安げに「大丈夫?ほんとに大丈夫?」と心配して聞きます。
「んー?うん、冷たくて気持ちいいよ。全然大丈夫。」
・・やせ我慢に決まっています。「水中用ウインドブレーカー」は全く冷たさから僕を守ってくれませんね。ジンジンと冷たさが忍び込んできます。
「は、早く潜ろう!」
ウエイトを山ほど着けて、ドライの中に空気をたっくさん入れて、少しでも水と身体を遠ざける作戦です。

BCの空気を抜き、水中に入った途端、全てを忘れます。
アナアオサの群落、その間の砂泥底には、ドロクダムシやホソツツムシが無数にいます。ピンピンと逃げていくのはヒメハゼの幼魚たちです。

少し沖に出ると、淡い冬の日差しにアナアオサの美しいグリーンが映えて、目に沁みます。カ、カメラが欲しい・・・涙
美しい純白のサクラミノウミウシがゆらゆらと鰓をなびかせてアオサの上を歩いています。
寒そうに頭隠して尻隠さずは、クロイシモチ。錦江湾や坊津などでみるサイズの1.5倍程あります。
12cm程もある巨大なコウライトラギスが僕を見上げます。思わず、同じ釜の飯を食べながら彼らを研究していた同級生B場君や先輩K川さんを思い出して笑みがこぼれます。
ここの魚はどうしてこうも、他の場所の魚より大きいのでしょう。
それは、ここの底生の魚たちは同じ種類でも、他の場所のものより寿命が長い事が分かっています。
大型の肉食魚が少なく、捕食圧が低いので、のびのび大きく育つのです。

まずは水族館のN田さんと、見つけたらビール一杯を賭けている、光るウミウシ、ハナデンシャを探します。
ハナデンシャが出現する場所は、いつも決まっていました。驚くほど昔と変わっていない海底を舐めるように見て、ハナデンシャを探します。
しかし、残念ながらハナデンシャは見つかりませんでした。
そうだ。僕はアルコール摂取絶対禁止なんだった。強い麻薬の痛み止めを飲んでいますからね。副作用が出ては困ります。ハナデンシャを見つけられなかった言い訳を思い浮かべて、自分を納得させます。

ハナデンシャを探す目は、いつの間にか魚たちの方へ。
院生の頃追いかけていた、ハナビヌメリの一群を見つけました。雄1匹に雌4匹の群れです。互いに近付いては、第一背鰭を広げてくるりと回す挨拶行動をしています。
夏の繁殖期以外のこんな時期にも、群れで行動しているんですね・・。新たな知見です。

中層を泳いでいたかと思えば、岩陰の隙間に定期的に入るチャガラの老成雄がいます。そっと近づいて、隙間を覗き込むと、隙間の天井を埋め尽くすようにぶら下がった、ガラスの雫のような卵たち。中ではもう孵化寸前まで育った仔魚の目が輝いています。それに寄り添い、保護するのは、雄同士の戦いに勝利して子孫を得た、傷だらけのチャガラの雄。7cmほどほどの小さな美しいハゼですが、迫力ある面構えです。

ブリの養殖生け簀が壊れ、沈んだパイプの穴では、まるでおにぎりのような大粒の卵の卵塊を、とぐろを巻いて守るベニツケギンポの雄がいます。

大柄な雌を、海藻の影に隠れながら、ストーカーのように付け回す、交尾をするための生殖器を丸出しにしたアサヒアナハゼの雄。
この辺りの漁師さんは、この雄の事を、そのまんま「チ〇ポ出し」と呼んでいます。
しかし、このチン・・アサヒアナハゼの瞳がまた美しいのです。覗き込んで見とれてしまいました。

お腹が卵ではち切れそうになった雌のまわりのを求愛してまわるメバルの雄たち。この時、彼らは、雌の顔面近くに尿を振り撒いている事が知られています。
人間がこんな事をしたら、大変ですよね・・。

砂地で時々目にするトカゲゴチには何故か皆、黒いヒルのような寄生虫が付いています。これには寄生虫を研究するU野君は大はしゃぎです。
それに、昔のような巨大な個体がいません。
皆元気が無さげです・・。そういえば、彼らを研究していたY田も膝を壊して弱っているしなあ・・。

真っ黒な婚姻色のコケギンポが、僕に向かって口を開けて威嚇してきます。おそらく彼らの入っている穴の奥に卵が隠されているのでしょう。
自分の体の何千倍もある生物(僕)に卵を守るために威嚇してくるなんて、なんて勇気があるのでしょうか。

妻が海底を指差します。
そこには、美しいオレンジがかった褐色のタカクラタツが。顔を近付けると、擬態の効果を上げるために身体は全く動かしませんが、目はキョロキョロ動いて、不安なのが手に取るように分かります。目は心の鏡、ですね。

魚以外にも、イタヤガイを開いて食べようと渾身の力を込めるマダコ。
近付くと、逃げたいけど、イタヤガイも食べたいし・・揺れ動く心が、かわいそうなくらい顔色の変化となって、黒っぽくなったり蒼白になったりころころ変わり、見え見えです。

美しい色彩を、まるでパトカーの警告灯のように変化させるヒメイカが・・・・。

見上げると、練習船あづまの下に、海水の浄化実験を行っていたバイオフロートが揺れています。
バイオフロートは、かごの中に、アオサや牡蠣を入れて、養殖漁業で富栄養化された海水を浄化できないかという実験に使われたものです。
その実験も終わったのでしょうか。かごの下には、ピンク色の美しいトゲトサカが揺れています。

ちょうどそこに、ウミウシを研究テーマに選んだ学生F川さんが通りかかりました。
ちょっとわがままをを言って、彼女に声をかけて、カメラを貸してもらいます。
しかし、最新のコンパクトデジカメなんて使ったこともありません。使い方がよく分かりませんから、彼女のウミウシを撮影していた設定のまま、数枚シャッターを切らせてもらいました。
うーん、全然上手く撮れません・・。自分のカメラがあったらなあ・・。
でも、画像が無いのも寂しいですから、ちょっと弄って・・・

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全てが懐かしく、美しい。そんな海でした。

僕が、生き物たちの暮らしの秘密を学んだ海なのです。

とっても寒かったですが、心はポッカリホッコリ温かいダイビングでした。

皆さん、本当にありがとうございました。


by geikai_diver | 2018-01-22 21:02 | 長島

潜ってきましたよ!錦江湾!

皆様、明けましておめでとうございます。・・遅くてすみません。
今年もどうぞよろしくお願いいいたします。

またしばらくブログ更新が遅れてしまい、たくさんの方々から、「無理して潜って、ぶっ倒れたんじゃないだろうな?」と心配のご連絡を頂戴してしまいました・・。
申し訳ございません・・。

いえいえ、出羽慎一、とても元気にしております!
復帰2回目、長島の海で覚醒しました。毎日、痛みに耐えて眠れず、目を腫らして寝たきり状態の僕は、もう過去のものとなりました!
海はサイコー!ご飯は美味しい!夜はよく眠れるの良い事ずくめで、以前大病を患った時に経験した、「海に潜り始めれば、全ては疾り始める!」は、今回も当てはまったのであります。
半年前にも会いに来てくださったS崎さんも、僕の変わりっぷりに驚かれておりました。

前回、明後日は錦江湾だ。と言っていた日は風が強くて笠沙方面に行き、30日についに錦江湾に行ってきました!

久しぶりに、手繰り寄せる愛艇「ゆうな」の係留ロープは重く、荷物の積み込みもろくにできず、心が折れそうになりましたが、港から出ると、油を流したような凪の向こうに、桜島がドーンと出迎えてくれるではないですか!これでテンションが上がらない訳にはいきません。

                   
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6年前まで毎日のように眺めていたアングルでの桜島です。
ボートは、凪を滑るように疾ります。
いつも僕を支えてくれる妻と娘が、舳先ではしゃぎます。

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牡蠣の養殖場になっているのではと思っていた船底も、長く回していなかったエンジンも、いつも並々ならぬ忍耐と優しさでバックアップして下さるマリーナ鴨池の廣津さんや皆さんのおかげで、絶好調です。桜島まで半分の距離はゆっくり様子を見ながら走り、あとは28ノットで、現場に急行です。
そう。何しろ、今日は桜島の南東部から西部まで、5箇所もサンゴの様子を見て回らなければならないのです。写真はお預け。妻撮影のコンパクトデジカメの写真を使わせてもらいました。海面を切り裂く飛沫に虹がかかります。いつも見ていた光景だなあ!

そして、桜島南東部へ。僕は船上待機です。悲しい事に、ここの素晴らしいシコロサンゴの大群落は、6年前にすでに増え始めていたオニヒトデに徹底的にやられてしまいました。6年前、有志でやっていたオニヒトデ駆除を続けていたら・・。悔しさがにじみます。
しかし、「小さなサンゴがたくさん出てきていたよ」との言葉に少し安堵します。

桜島南側も’90年代まではサンゴに覆われていた場所ですが、台風直撃にオニヒトデの食害で見る影もありません。しかし、ここにも小さなサンゴたちが育っています。
いつの日か、また素晴らしいサンゴ群集に戻ることを祈ります。
海の大先輩、廣津さんのお話しでは、’70年代にもオニヒトデが大発生して、桜島周辺のサンゴが壊滅したそうですから、20年後、30年後には昔の姿が見られるかもしれません。

そして沖小島・・。大好きなところです。
エンジンを止めると、聞こえるたくさんの種類の鳥たちの声、渚に佇むアオサギやクロサギ。よく弁当を食べられたカラスの野郎共もいます。
「また、あの船来たぜ、あいつらは少し待ってたら海に入るから、弁当は俺たちのモノだぜ」と言っているかどうかは知りませんが、岩の上に止まってこちらを見ています。・・いや、「あいつ、ひっさしぶりだなあ。生きてたのか・・」かもしれませんが・・。

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多種多様なサンゴ群集は健在です。
ポリプも開いて,元気いっぱい!
後ろの深場は気になりますが、今日はサンゴ調査ですからね。我慢です。

しっかし!やたらと目についたのはこの有様です。

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あちこちに崩れ落ちるサンゴたち。周りのサンゴは元気ですから、台風でも、オニヒトデでもありません。ボートのアンカーですね。
これには怒りがこみ上げてきました。

沖小島のこの辺りにボートを停めるのは、ダイビングボートでしょう。この辺りには浅瀬はほんの僅かです。その先はわずかな砂地があって、そして60m近く一気に落ち込む崖です。
アンカーを岩にかけたいのは分かります。船を流したくないですからね。でも、この辺りの岩場は全てサンゴやその他の付着生物に覆われています。
そして、錦江湾は透明度、水温ともに低く外海のサンゴに比べて成長が極端に遅いのです。数十年かけて成長したサンゴたちがアンカーの一撃で、粉砕され、消えてしまっているのです。自分たちが生まれる前から育ってきたサンゴたちを、不用意な行為で殺しているのです。
潜って、この有様を目で見て、気にならないのでしょうか?

アンカーは砂地にピンポイントで。流されるのが嫌なら、デカいアンカーを砂地に降ろして砂に固定すべきです。
砂地に生き物がいないとは言いませんが、ダメージははるかに軽く、回復も早いのです。
僕の船が、船のサイズに合わない程の大きなアンカーを積んでいるのはそのためです。

そして、アンカーとロープの間のチェーンも不要です。風で振られて船が動くと、チェーンは周囲の付着生物をめちゃくちゃに破壊します。
切れるのが嫌なら、太く強いロープを使えばいいし、擦れて傷めば換えればいいのです。
アンカーには2本のロープを使って、上げる時は真上まで船を移動して、アンカーの先のロープを引けば、最低限のダメージでそして簡単にアンカーは上げられます。

海の素晴らしさを伝える伝道師であるダイビングガイドたるもの、環境へのダメージをいかにして軽くして、スターの魚やウミウシだけでなく、全ての生き物の、海の素晴らしさを伝えなければなりません。
それはもちろん、そこまで言うなら海に潜らない事がベストだよという輩がいますが、それでは現場で伝えることができません。
お客さん無しで潜って、アンカーを降ろせる場所を徹底的に探して、そこにアンカーをピンポイントで降ろす。これができなければ、ここに潜る資格はありません。
何と言ってもここは、錦江湾国立公園の海中公園地区で、ここの海底は保護の対象でもあるのです。

愚痴をダラダラと書いてしまいました。申し訳ありません。あまりにも悲しかったからです。痛々しすぎて、目も当てられないくらいでした。ブログを更新できなかったのはこのためでした。怒りと悲しみと。

しっかりやろうぜ。背中の看板が泣くぜ?

沖小島を後にして、神瀬へ。ここの素晴らしいサンゴ群集は、一昨年久しぶりに直撃した台風で、きれいさっぱり一掃されてしまいました。基質が砂で、そこに積み重なる転石に育った大きなテーブル状のエンタクミドリイシは、うねりをまともに受け、もろくも崩れ去ってしまったのです。
もう、ここ15年近く、まともに台風が錦江湾を直撃することはありませんでした。その間に猛烈な勢いで成長した、外海由来のエンタクミドリイシたちの楽園は、跡形もなく消えてしまいました。
儚く消えた、夢のようなサンゴ群集でした。

そして、いよいよ桜島西端、袴腰へ。
1988年、鹿児島に来て以来、おそらく最も長い時間潜った海の一つです。ここだけで軽く5,000時間以上を過ごした場所です。
いつもの場所にピンポイントでアンカーを降ろし、娘と一緒に海底へ。
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久しぶり!2色シコロサンゴくん。なんだか下の黒い方がふた回りくらい大きくなっています。


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2006年の同じシコロサンゴの写真です。12年でずいぶん厳めしくなったもんです。
(透明度の違いも気になりますね・・)
まわりの泥の下には、カスリハゼたちが春を夢見て眠っている事でしょう。

そして、サンゴ調査からちょっと離れて、あの魚に会いに・・。
溶岩の暗がりを降りて行きます。揺れるムチカラマツ。妖艶なヤワラアカヤギ。花火を打ち上げたようなオドリカラマツ。
全てが同じ場所に、6年前と同じ姿で潮に揺られています。

僕は不思議な感覚に陥りました。
この苦しみ抜いた6年間は夢だったんじゃないか?だって、昨日と同じ景色が目の前に広がっているじゃない。
すべてが同じままです。

そして、溶岩の岩陰に、アカオビハナダイの小群が・・。
婚姻色が出ていなくて、くすんだ色をしているけれど、何て美しいんだろう?
この魚に魅了され、魅惑され、鹿児島の海を愛し、僕はこの鹿児島に暮らすことになったのです。

息を殺して眺める僕たちの目前で、エメラルドグリーンに輝く瞳がこちらを見つめます。
引き込まれるような美しさです。

魚類学の道へ進みたいという娘に、縦書きクエストで雌、雄、中間の区別を教えてやります。
しかし、それも野暮だったようです。娘はアカオビハナダイの姿に釘付けです。

長居は禁物、ゆっくりと浮上して娘を妻に託します。
僕はアンカーを外しに一人海底へ(袴腰の海底は岩場ですが、場所によっては付着生物が全くと言っていいくらいいない、静かな岩砂漠のような場所があるのです。ここがアンカーを降ろせる数少ない場所です)。

一人で海底に降りると、数々の思い出が甦ります。
K藤とO野とここでこんな事があったな・・。H島と2人でひたすらヒメギンポを追いかけたな。S末はマダラギンポの仔魚吐きを発見し、K木はテンジクスズメダイに振り回されていたな・・・。海底の全ての地形が愛おしい。何もかも、石ころひとつにも、全てが思い出に溢れている。
ここが僕のいる場所なんだ・・。

浮上すると娘が、アカオビハナダイの瞳が「怖いくらいに綺麗だった!」と興奮気味に話してくれました。
30年の年を経て、30年前の自分と同じように自分の娘が同じものを見て、同じように興奮し感動している!
また僕は、長い年月の流れと、変わらない海の生き物の美しさに、戸惑うくらいに感動し、めまいを覚えました・・。

さすがに5箇所も回ると、冬の日はもう沈みかけています。
僕は、光がついて夜景となりつつある鹿児島市内の母港に向かって、ボートを全速で走らせました。

冷たい空気が肌を刺します。そうだったなあー。冬の船上は辛かったなー。
今は高校教師として立派になった、僕を助けてくれていたO田君と小さなステアリングボックスのフェアリングの陰に身を隠しながら、みぞれ混じりの冷たい雨が降る中、時化た海をの上、波を避けるため、鹿児島市街地沿いの防波堤に沿って、しかしそれでも冷たい波を頭からかぶりながら走っている時、ちょうどラブホテルが海岸線ギリギリにある前を通りかかりました。ホテルは全室満室のようで、あったかそうなあかりが灯っています。そりゃ、今夜はクリスマスイブだもの・・。
「O田、あっちとこっちと、どっちが天国と思う?」と聞くと、
「え!?あ、それは、その、も、もちろんこっちに決まってすよ!」とずぶ濡れの顔に鼻水を垂らしたO田君が、無理やり微妙な笑顔を作りながら答えたのが昨日の事のように思い出されます・・。

そりゃ、天国はこっちに決まっているさ!
海はサイコーだもの!!















by geikai_diver | 2018-01-08 01:22 | 錦江湾